ことばのくさむら

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《新刊》 『ジョイスの罠―『ダブリナーズに嵌る方法』

《執筆者だより》
 
ジョイスの罠―『ダブリナーズ』に嵌る方法』の執筆者お二人から文章を寄せていただきました。
 

ジョイスの罠―『ダブリナーズ』に嵌る方法

ジョイスの罠―『ダブリナーズ』に嵌る方法

 

 
〈読者共同体〉の片隅に        小林広直
 
昔々、といってもせいぜい十年くらい前のことなのだけれど、学部で最初に受けた授業の 先生が、「異化 (defamiliarization)」という文学理論を解説しながらこんなことをおっしゃっ た――「まあ、こういうのがわかるようになるには、十年くらいかかりますねぇ」。
受験勉強における効率性に追い立てられ、何とか文学部に入れてもらった十八歳の私は、 その言葉に魅了された。いや、ほっとしたという方が正確かもしれない。そうか、十年も時間 をかけていいんだ。学部の一年生がいじましく抱えていたそれまでの常識や自明性を、悉く しかも淡々とした口調で打ち破ってゆくその先生の姿は、私の脳裏に鮮やかな一枚のタブローとして刻まれている。タイトルを付けるならば、「文学の世界にようこそ」とでもなろう か。
とはいえ、ジョイスを読むためには、もちろん十年では全く足りない。私のような平凡な 才能の者にとっては、まるまる三百年あっても足りない気がする。それ故、その後またして も流されるがままに博士課程に入り、ジョイス協会が主催する『ダブリナーズ』の勉強会に 参加したとき、私は「文学の神様」(というのが仮にいるのだとすれば)から、二度目の歓待 を受けた。ジョイスの世界にようこそ――。
ジョイスに魅了された諸先生、諸先輩方が一堂に会し、文字通り一行ずつ各短篇を読んでゆくその勉強会は、本当に刺激的だった。ひとつの人生では到底読み切れない作家を、曲がりなりにも読めるようになる方法は、ただひとつ、集って読むしかない。知恵や経験を持ち合って、それでも尚上下関係の枠組みを超えて、忌憚のない意見を言い合う。そうして多様に開かれた、しばしば「答え」の出ない幾多の読みが、そのテクストの豊かさを雄弁に物語っていたのは言うまでもない。
本論集『ジョイスの罠――『ダブリナーズ』に嵌る方法』は15篇すベてを扱った日本初の論集であるが、「序」や「あとがき」にあるように、出発点は研究会であり、さらにはピア・リーディングの手法を採ることによって、誰もが他の執筆者の恩恵を受けているという、その 「互恵性」の深さにおいても日本初なのではないか、という気がしている。
ジョイスの代表作『ユリシーズ』(1922)についての有名な言葉に、「『ユリシーズ』を読むこ とはできない、できるのは再読することだけだ」(Joseph Frank)というものがあるが、これは もちろん『ダブリナーズ』にも当て嵌まる。ひとつの言葉が、時には短篇全体の持つ意味を覆 してしまうほどに、私たちは再読の度に、それまでの作品理解が更新されて行くのに立ち会 う。まさしくそれは見慣れたもの、知っていると思っていたはずのもの(familiar)が、見慣れ ないもの(strange)になるという「異化」体験に他ならない。
川口喬一が名著『「ユリシーズ演義』のあとがきで述べているように、ジョイスを読むことは、ジョイスについて書かれたものを読むことでもある。勉強会での議論を含む、膨大な「先行」研究との果てしない対話の中で、自身の作品解釈の幅が常に揺れ動いていることを誰もが体験する。本論集でも繰り返し参照されたドン・ギフォード (Don Gifford) の注釈書は もちろん、数十冊の先行研究、版ごとに異なる註や数種類の邦訳、当時のダブリンの写真集 などを机に山と積んで、私たちは勉強会に臨んだ。たとえ、今あなたが一人で机の前にいる としても、外部の別のテクストを常に誘導するジョイスの作品にあって、そこにはささやか な〈読者共同体〉が誕生している。
研究者は往々にして、原文で読まなくてはわからない、ということを言ってしまいがちだ (だって苦労しているから)。まずは翻訳でいいのだと思う。そして一篇毎の全体像が見えたら、翻訳と辞書と上述の参考書などを脇に置いて、原書をゆっくり味わって読むのがいい。そう、時間をかけていいのだ。効率性というスピード狂ばかりが跳梁跋扈する現代社会にお いて、況してや人文学不要論が囂しい昨今の日本にあって、わからないこと、立ち止まるこ と、繰り返し読まずにはいられないこと、すなわち〈ハマる〉ことは、どんなにわずかであれ 私たちの自由を担保している。小説であれ、詩であれ、映画や音楽、演劇やマンガであれ、あらゆる文学作品は、長い時間留まったその世界から離れて、ふと周りを見回したとき、これ までとは異なる世界に私たちを連れ出してくれる。そして、ジョイスの作品には、あなたが変わることを通じて、その様相が確実に変わり得るだけの豊穣性と複雑性が常に約束されている。
ジョイスの罠』は最先端の「研究書」であることを目指した。それ故に、さらなる「ジョイス=難解」というイメージが流布してしまうかもしれない。しかし、それは本書の望むところではない。私たちは(なんて若輩者の私が言っていいのか、とは思うけれど)、ジョイス、 あるいは「文学の神様」に呼びかけられ、呼び止められてしまった者として、言い続けたい―― 「ようこそ」そして「これからもどうぞよろしく」と。
あなたの机の上に広げられた『ダブリナーズ』の〈読者共同体〉の片隅に、本書が加えられることを願ってやまない。
 

 
 

 
 

アールズ通りにあるジョイス像 (2011)部分
 
 




 

「複写」の主人公に因んで名づけられた、宿屋とパブを兼ねるFarrinton's。テンプルバーの一角を占める、1696年から続く最古のパブの一つ。
 

フリン神父が住んでいた布地屋があった場所(パーネル通り79番地。現在は24時間営業の店になっている。)1994年撮影
 

ホウスの丘からの眺め―エヴリンは家族での楽しかったピクニックを思い出す (2001)
 

メリオン・スクエアの角(このあたりでレネハンはコーリーと女中の帰りを待ちあぐむ) (2015)
 

アラン諸島のひとつ、イニシュモア島(ダン・エンガス遺跡のある断崖)(2003)
 
 

ジョイスの罠―『ダブリナーズ』に嵌る方法

ジョイスの罠―『ダブリナーズ』に嵌る方法