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新刊案内 ボアズ著『プリミティヴ アート』


 
 

 
◎ ボアズをぜひ読んでください。
訳者 大村敬一 大阪大学大学院言語文化研究科准教授
 
かつて19世紀にヨーロッパを席巻した進化主義に毅然と挑戦したフランツ・ボアズの 業績は、今日でも色褪せることはない。人類の心性は進化史的には普遍的に同じであり、 人類にみられる多様性は、あくまでもその人類の種としての普遍性を礎に、偶有的な歴史 の出来事、すなわち、人々の間の交流と生態系に根ざした日常的な生活技術の多様な展開 によって生じるとする『プリミティヴ アート』の議論は、「人類という種」の普遍性と多 様性を同時に考える人類学的思考の核心を見事に具現している。レヴィ=ストロースに大 きな影響を与え、「構造人類学の先駆者」といわせた理論家であると同時に、極北のイヌ イトや北米北西海岸インディアンでの優れたフィールド・ワーカーでもあったボアズは、 フィールドで哲学する人類学者であり、この『プリミティヴ アート』にはそうした彼の 鋭い観察力と深い洞察力が発揮されている。自らのフィールドに加えて、当時知られてい た全世界の人々の芸術を詳細に検討するのみならず、そこに観察される多様性の背後にあ る人類の普遍的な心性へと沈潜してゆこうとするボアズの探求は、「人類とは何か」とい う問いに真摯に向かい合う人類学者の本来の姿を思い起こさせてくれるだろう。 とくに芸術様式の個別化について論じながら、人々が交流するからこそ様式の個別化が生じるとする彼の議論は、閉じた均一の「文化」を前提に民族集団を考えてしまう「本質 主義」的な「文化相対主義」、その還元主義的な議論を超える視点を与えてくれるだろう。 差異がうごめく多様性のただ中から、交流という運動を通して「類似」した「もののやり 方」としての「文化」が生じてくる様相をとらえるボアズの視点は、今日の人類学におけ る「本質主義」と「構築主義」の空しい議論を終わらせる可能性がある。
また、身体運動の習慣(モーター・ハビット)が芸術様式を決める重要な契機となる ことを実証的に強調する『プリミティヴ アート』の議論は、モースの「身体技法」の議 論に影響を与え、今日の生態心理学のアフォーダンスの議論や科学人類学のアクターネッ トワークの議論に重要なヒントを与えることになるだろう。さらに、日常技術の身体運動 の習慣の重要性から出発するボアズの議論は、今日の人類学、人間の諸感覚と諸情念、諸 活動の生き生きとした全体性をもたらすものとなるだろう。 本邦初のボアズの翻訳である本書『プリミティヴ アート』には、このように「人類の 普遍性と多様性」を日常の生活技術と人々の交流から考えてゆくボアズの思考が結晶して いる。
 
◎人類学は、社会や文化を学問の対象としてきたが、プリミティヴな芸術につい ての探究はとかく脇役におかれてきた。だが、社会や文化を個体と他者と集団を 結ぶ表象表出の媒体的な活動として扱うとき、芸術こそはこの表出活動の極値的 な弁証を示している。芸術表現がわかれば、社会も文化もわかる◎
 

 
※フランツ・ボアズ:アメリカ人類学の父 1858 ~ 1942 年 本著は 1927 年に刊行された。詳細は以下のリンクをご参照ください。
 

フランツ・ボアズ - Wikipedia