ことばのくさむら

言叢社の公式ブログです

『愛という勇気』(5)

●10年ぶりに再刊した一冊の本
  
愛という勇気 -自己間関係理論による精神療法の原理と実践-』 
THE COURAGE TO LOVE(S・ギリガン著/崎尾英子訳)への招待(5)
   
  
  著者
 
 

§S.ギリガン著『愛という勇気』を読んで(1)
中野美和子 −さいたま市立病院小児外科−
 

 
S.ギリガン著
『愛という勇気 自己間関係理論による精神療法の原理と実践』を実感する場所
 
● 治療ができない患者をまえにして
医療に携わる者なら誰しも、その道は、病気に悩む者を助けたいという心から始まっているはずだし、そうであって欲しい。少なくとも私はそうであったし、今もそう。そしてたくさんの患者:クライアントを治療してきた、治療してきたつもりだった。
しかし、治療できない患者もいる。その時にどうしたらよいのか?
医療の技術的限界の患者とどのように接すればよいのか。治療手段がない時に、ただそこに患者と共に「いる」ことを、どのように実現できるのか。
ここに医療に協力しない患者がいる。どのように接すればよいのか。治療手段があるのに、それを選ばず、それでいて訴えは多い患者に、どうすれば治療を進めることができるのか。
両方とももう私の出る幕ではないといって、患者を投げ出すことは、たやすいかもしれない。しかしそれでよいのだろうか。患者の行き場所があるとは思えない。
 
● そんなときに出会ったギリガン
私が、S.ギリガンに出会ったのは、そういう時だった。
「困った患者」を投げ出す多くの医療者。そのことに対して怒りを持ちながら、ますます患者にふりまわされていく私。「困った医者」をもてあましていた私に対して、ギリガンのスーパーヴィジョンを受けなさい、とアドバイスしてくれた友人がいた。『愛という勇気』の訳者で精神科医の崎尾英子さん(国立小児病院時代の同僚)である。
かくして『愛という勇気』を読み、原理を確認するという作業にとりついた。そしてこの作業は、同時に「自己間関係理論」を実践から学ぶ営みだった。
すぐにわかったことは、患者が問題ではなかったのだ、ということであった。
「認知で経験される私」、「身体で経験される私」自身を見た時、その「関係を支える私」がいなかったことに気付いた。自分の中心とつながることがその理論の中心だった。「自己の中心とつながる」このことは、仏教徒の家庭に育ち、伝統的芸術(「〜道」)にこどもの時から親しんでいる日本人にとってはそう困難なことではないと思えた。中心とつながり、自分を後見する技術を学び始めると、まず後見できていないのは自分であること、問題なのは自分であることがわかってきた。それがわかると、患者の真の叫びが聞こえてきたのだ。
「困った患者」に接するとき、落ち着いて会える。患者がほんとうは何を訴えているのか、おのずとわかってくる。わからなくても落ちいついてそこに「いる」ことができる。問題を解決しようとせずに、その患者とつながることで、問題を生かす方法が、そのまま問題が問題でなくなる方向がみえてくる道筋だった。自分自身の生き方についても同じであった。
 
● ギリガンのスーパーヴィジョンを受ける
私自身の経験を、少し振り返ってみよう。
・S.ギリガンのスーパーヴィジョンを最初に受けた時に得たこと。
迷っていた。「困った」患者、自分がなにもしてあげることができない患者たちと、どう向き合っていけばよいのか、同時に、自分の職業上の境遇、生き方にも。自分自身が選び、最善を尽くしてきたはずの仕事は、ある人々には認められても、否定的にとらえている人たちもいる。自分は自分で良いのだ、万人に認められる必要はない、と思いながらも、わかってもらえない苦しみを整理できない。何か変わらなければならない。
S.ギリガンのスーパーヴィジョンでは、参加者自身が2人なり、3人なりのグループを作って、治療過程を実践する(Workと呼ばれる作業である)。S.ギリガンはその作業のスーパーバイザーとして、その場に参加している。自分自身の生きていく上での悩みをテーマ(target)として、workを行うことが多い。初めての時、私は何をターゲットにしてよいのものかわからなかった。ベテランの参加者で、知り合ってすぐに友人といってよい関係を持てたかたに、どうすればよいのか尋ねたところ、今困っている担当患者の悩みでも良いと言われた。そういう患者ならたくさんいる。
 
●「困った」患者
「困った」患者に、コンプライアンスの悪い患者という人たちがいる。糖尿病で血糖のコントロールが悪い、聞くときちんと血糖コントロールのための薬を内服していない、あるいは注射をしていない。内服しないままだと、危険ですよ、目が悪くなります、腎臓が悪くなります、血管が悪くなります、と話しても、その時はこれから内服しますというが、次の外来診療の時に採血すると、良くなっていない。
私の扱っている患者の中にも、ふだんからある程度の治療というか、調節が必要なかたがいる。ある患者は、乳幼児期に手術を受けたが、その後しばらくして通院しなくなり、病状のコントロールが悪くなり、高校生になって来院した。仮にAという薬を毎日内服することが必要な病状だとしよう。患者はAを小さい時、入院していた時に用いたことがあるが、その時、内服すると腹痛が出たので、のみたくないのだ。しかし、ほんとうは、入院を要した病状の悪化で腹痛が出たのであって、薬の副作用ではないという私の医師としての判断がある。患者は有効性の低いBという薬を、病状が悪化すると大量に内服していた。ということは、病状が悪化するのだ。そのため学校生活がうまくいかない。その他にも理由はたくさんあるのだが、患者はこの病状のために通学できない、といっている。私は、今までこの患者の両親に病態を説明し、薬の必要性を説明している。また、患者自身にも、数年に一度しか来院していないが、その都度、年齢に応じた説明をしていて、そのことは診療録にも記録してある。ひさしぶりの外来診察後、そういう説明を再度行ったところ、患者は、初めてそんなことを聞いたという。説明は理解できるが、Aは絶対に内服したくない。それでは、Bでよいから、毎日少量を内服して病状をコントロールしたらどうか、しかし何もBの薬でなくても、他にも新しいCもDもあるから、試したらという提案をして、診察は終わった。その後、この患者は、定期的に外来に通院する。しかし、私の指示どおりの毎日内服はしない。しても良くならなかったから。だからAの内服に変更したらどうか、それはしたくない。これの繰り返しである。同じ説明、同じ指示、やはり指示には従えない。しかし、患者は来院する。いったい何のために来るのだろうか? 私はこの患者が来るのがだんだんいやになってきた。予約名簿にこの患者の名前があると、朝から憂鬱になってしまう。
診療を行っている医師なら、よくある経験である。そもそも私はこのような患者に付き合うのがいやで、外科医になったのではないか(正確には、放置すれば死に至る小さなこどもを、手術で救えることに感激してこの道を選んだのだが)。手術をすれば病気が「なおる」。だからこの道を選んだのであって、このように長期に内服などのコントロールを行うのは、内科医の仕事だ、アメリカなら外科医は手術だけしてればよいというではないか、という具合に、私のイライラは別の愚痴へと向かっていく。
 
● workをしてみてわかったこと
この患者をターゲットにして、私はworkを行った。実際にどのようにその作業が進んでいったのかは、今、全く覚えていない。しかし、身体で感じ、認知領域で知り、それを支える関係を持てた時、Aの薬はイヤだという先入観念から脱することができないのは、患者ではなく、Aの薬がこの患者に最善であるという先入観念に陥っている、私自身だということに気付いたのだ。Aという薬が患者にとって最善だが、患者が過去のトラウマのために、それを内服できない。それなら、そのトラウマを取り除く精神心理療法を習得し(私が?もちろん精神心理療法の専門家に依頼するという「方向」で)、そして内服できるようになり、すべて解決。というのが、当時の私のシナリオであった。しかし、こだわっているのは私自身である。患者が何のために外来に来ているのか、その心の訴えをまず自分の心とつながりながら、聞いてみよう。
さらには、患者の行き詰った思いを見ていた時にイライラしたのは、私が私自身の行き詰りをそこに見て、どうしようもない焦燥を感じていたことに気付いた。私自身がその焦燥と向き合っていないのに、どうして患者に意見することができようか。
次の外来で患者に会った時、「私のほうが考え方を変えてみよう」とは特に意識していなかったが、患者にAの薬を勧める気持ちがなくなっていた。患者のさまざまな訴えをイライラすることなく聞けている自分を発見した。そこに流れている、このような手術を要し、長い治療を要する病気を持って育ったことを他人は絶対に理解できないにちがいないという患者の気持ちが、痛いほどわかったのだ。その病気のことなら、私は専門家です、私が一番わかっています、だから何も有効なことが得られなくても、私の外来に来ているのですね。私は、患者の望むBの薬を本来の指示の毎日ではないが、生活パターンに合わせた方法で内服するように提案したところ、患者はそれを実行するようになった。中学、高校と不登校であったが、大学に入り、通学できている。そして、最初は訴えばかりで、自分は病気のために家族の中の、もっともダメな一員であるという認識も次第に変わっていった。
この経験以降、私は苦手な患者、イヤだなという患者が減っていった。どんな患者も、表面上の訴えではわからない心の叫びを底に持っている。自分の心とつながることで、その叫びを聞くことができる。そして、「イヤだな」と思ったとしても、医師としてあるまじきこととを思った自分に落ち込むことがなくなっていった。わたしは自分のイヤな部分をも支えていけるようになるだろう。
 

 
★編集部より
S.ギリガン著『愛という勇気―自己間関係理論による精神療法の原理と実践』は訳者・崎尾英子さんが亡くなったあと品切れのままになっておりました。ギリガンさんが再び日本でもワークを再開されたこともあり、読者の方々、また崎尾さんの同僚の方々からの再刊の要望が強くありました。同僚の一人中野美和子さん(現・さいたま市立病院小児外科)は、いま、医療現場で子どもたちが示すさまざまな症状に対して、精神的に適切なサポートがなされて、はじめてはっきりと治癒に向かう子どもたちの幾人もの姿を前に、この精神的に援助していく形を、どんなふうに恒常的に医療現場にくみこんでいくことができるかを考えてこられました。ギリガンさんのアメリカでのワークをここ何年にもわたって参加されてきたことでもあり、この本へのかかわりを窓口に、医療の現場での思考を率直に、エッセイを寄せてくださいました。
*中野先生が、再刊を機に、CTL(原題Courage To Love)の勉強会をたちあげられました。この本を丁寧によみすすめていくなかで、それぞれの分野の人々が自分たちの経験とつきあわせながら、「自己への気づきの場」をつくっていきたいという主旨のものです。毎月第三土曜日午後2時から4時ごろまで、500円。場所は世田谷区弦巻です。
くわしくは「CTL」の会事務局:飯島恵子さん keiko@theia.ocn.ne.jp までお問い合わせください。